大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)832号 判決 1967年6月27日
控訴人 藤原真二
右訴訟代理人弁護士 平井勝也
同 田中幹夫
被控訴人 島一鋼材株式会社
右代表者代表取締役 竹内憲次
右訴訟代理人弁護士 秋山英夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、当事者間に争いのない事実
控訴人は、支払約束文句等を記載し手形要件の各記載欄を設けてある約束手形用紙に、振出日欄、満期欄は空白として、額面一、〇〇〇万円、支払地、振出地いずれも神戸市、支払場所神和信用金庫本店、受取人藤原造機株式会社と記載し、振出人として控訴人が記名捺印した約束手形一通を同会社に交付した。同会社は交付を受けた頃右手形を白地式裏書の方法で被控訴人に裏書譲渡した。被控訴人は、右手形の振出日欄に昭和三八年四月二二日と、満期欄に同年五月二二日と記載して右白地部分を補充し、訴外協和金属株式会社に裏書譲渡し、同会社は右満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。被控訴人は同会社よりただちに右手形を受け戻し、現にこれを所持している。
二、本件手形の振出前後の事情
≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。
昭和三四年五月頃被控訴会社は訴外藤原造機株式会社に対し総額一、二九四万九、七四九円の鋼材等の売掛債権を有していたが、その頃訴外会社は経営不振で極度の資金難に陥り、とうていその支払をなしうる状態でなく、少なくとも三年間はこれを支払いえない見込みであった。被控訴会社としては、その間右不良債権を資産に計上しておくことは、対外信用上も税務対策上も不利であるところから、同月三一日頃被控訴会社代表者竹内憲次と当時訴外会社の代表取締役であった控訴人とが話し合った結果「訴外会社の右債務を控訴人が個人で引き受け約束手形を差し入れる。ただし被控訴会社は右債務の弁済を三年位猶予する。被控訴会社は訴外会社に対する債権を放棄する。」ことを取り決め、これに基づいて右支払猶予期間の金利を見込んで債務総額を一、七八八万九一三円とし、第一項記載の本件約束手形と、他に額面七八八万九一三円、振出日および満期を白地とし、他の手形要件は右一、〇〇〇万円の約束手形と同じ約束手形に、いずれも控訴人が振出人として記名捺印し、銀行等で割引くときの便宜を考え、形式上右訴外会社の裏書をして、右手形二通を被控訴会社に差し入れた。そして同月三一日被控訴会社の経理担当社員は控訴人を同道して所轄税務署に赴き訴外会社に対する一、二九〇万九、七四九円の同日付債権放棄通知書を提出して、こもごも訴外会社が支払不能であって右債権放棄の真実なることを説明して被控訴会社としては、これを貸倒れ損失金に計上することについての承認を取りつけた。被控訴会社は約定の猶予期間経過後本件手形の振出日を昭和三八年四月二二日、満期を同年五月二二日と補充した。
以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫
三、控訴人の主張に対する判断
してみると、本件手形は昭和三四年五月三一日頃、控訴人が藤原造機株式会社の被控訴会社に対する債務一、二九四万九、七四九円について重畳的債務引受けをなし、債務の履行を延期し約三年後に支払うこととし、その支払のため、振出日ならびに満期の白地補充権を被控訴会社に授与して振出したものと認められるから、控訴人の白地補充権不授与の主張は理由がない。また、控訴人は訴外会社に対する債務を重畳的に引き受け、その後において被控訴人は訴外会社に対する債権を放棄した関係にあって、訴外会社の被控訴人に対する債務について控訴人が連帯保証をした関係ではないのであるから、訴外会社に対する債権放棄による保証債務消滅を理由とする手形債務消滅の抗弁も理由がない。けだし重畳的債務引受けがあった場合には、従来の債務者と引受人とは連帯債務を負担するものと解せられるところ(昭和一一年四月一五日大審院判決民集一五巻一〇号七八一頁以下参照)、連帯債務者の一人に対する債権放棄は他の債務者に対して効力を生じない(民法第四四〇条)からである。
次に控訴人の新抗弁について判断する。
法人税法第九条第一項は「内国法人の各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」とあるのみであるが、権利発生主義の建前で損益金の計算が行われている場合においては益金に計上した債権について、確定的に回収不能の事態を生じ債権が無価値に帰したときは、そのことが確定的に生じた事業年度における課税所得を算定するにあたっては、これを貸倒れ損失金に算入しうるものとしなければならない。しかしながら右債権について重畳的債務引受けがなされている場合には、本来の債務者の債務の支払不能の確定が既存の事実であるとしても、右債務を引き受けた引受人からの回収不能が未生の事実である以上は、右債権はいまだ回収不能で無価値に帰したとはいいえない理であるから、これを貸倒れ損失として取り扱うことは許されない。ところで本件においては、弁論の全趣旨によれば、本来の債務者訴外藤原造機株式会社については債権の回収不能の事実が確定的に生じたが、その前後に債務引受けが行なわれ、引受人である控訴人については、右のような支払不能の事由の存することが認められないのにかかわらず(故意か過失か、重畳的債務引受けの事実を秘匿しえたことにより)、被控訴会社は、一、二九四万九、七四九円の控訴会社に対する売掛債権を、当該事業年度の課税所得算出にあたり、貸倒れ損失に計上することが認められて、それに相当する法人税額の納税を免れたことが明らかである。そして被控訴会社の訴外会社に対する債権放棄は、一面においては税務対策としてなされたものであることはすでに認定したとおりである。しかしながらそのことのゆえに、本件債務引受けないし前記認定の被控訴会社代表者竹内憲次と訴外藤原造機株式会社代表者としての控訴人との間の「訴外会社の債務を控訴人が個人で引き受け、約束手形を差し入れる。被控訴会社は訴外会社に対する債権を放棄する。」ことの取決めを目して脱税を目的とする公序良俗に反する無効の法律行為であるとする見解の成り立つ根拠はどこにもない。けだし、回収不能の事実の伴わないそれが原因でないところの、単なる債権放棄は貸倒れ損失とは認められないのであるし、控訴人の重畳的債務引受けが附随していないと仮定した場合における被控訴会社の訴外会社に対する債権放棄は、全く回収不能の結果であるからその貸倒れ損金計上とこれによってもたらされる税金節減は、正に税法上当然に認められるところのものにすぎないし、それに先立ってなされた前記取決めそれ自体には違法不当のひとかけらも存在せず、又それは控訴人に、控訴人が諒承納得した債務引受けと手形差入れを義務づけたのみであって、他になんらの拘束を控訴人に加えるものではないからである。以上と反対の見解に立つ控訴人の新抗弁もとうてい採用のかぎりでない。
四、結論
そうすると、控訴人に対し、本件約束手形金一、〇〇〇万円およびこれに対する満期の後である昭和三八年五月二二日から右支払ずみまで年六分の手形法所定の利息の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当である。
よって民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 平峯隆 判事 中島一郎 阪井昱朗)